マダムまさこの風水について


正しくは風水地理学の事です。
私達の祖母などが良く言う鬼門は凶であるという日本家相方位学や占い等ではありません。
中国3千年(6千年)の昔から発達した正統な学問である一定の決まりが何千年の昔からずっと伝えられる不変の真理であり、私達が数学で勉強したピタゴラスの原理の様に、変わることのない学問です。
一口で言いますと、自分の住んでいる家に気が上手く流れ込んでいるか、正しく風水が守られていればその家は発達し繁栄をもたらすという事です。

風水とは
風水とは

昔は十年ひと昔と言いました。しかし現代は3年ひと昔と言っても過言ではないでしょう。それだけ時代は速いスピードで移り変わります。
今まで順風満帆に行っていた仕事も、ある日を境にばったりと止まったりする人も良く見かけます。今の時代はなるべく多くの情報や常に人並み以上の努力をせねばついてゆけない時代になりました。
その上にまた申しますが、風水も忘れないで下さい。

気とは

エネルギー(パワー)の事です。私達は日常気という言葉を良く使います(元気・やる気気分・気性・天気…)。その中には大小のエネルギーが含まれているという事です。気の取り方によっては、事業家ならより長く発展し、また営業不振なレストラン経営者、家庭不和、いろんな立場の人など大きく作用します。ですから、今現在仕事がうまく行っている人もそうでない人も今一度将来の為に再認識をしてみたら如何でしょうか。

風水の由来

古来3千年(6千年) の昔、世界四大文明の一つに数えられる中国は、早くから文明が進みその中に風水学が生まれました。
それを活用した最も有名な人物がかの秦の始皇帝(BC3世紀頃)です。彼は広い中国を統一し中国の歴史において初めて皇帝となり、北から攻めてくる敵を防ぐため万里の長城を築き、山と川の配置を利用しそこに城を築き中国全土を統一しました。
我が国では8世紀末から千年もの長い間平安京として栄えていました。それは京都に都を置き、当時としては驚く程道幅は広く碁盤の目に敷かれていました。また山川の配置を利用して神社仏閣が建立されそれはまさに風水によるものでした。その後日本で風水を活用したのは徳川家康でした。家康は江戸城を築きその守り神として日光東照宮を築き周りの山や川の配置を利用してそこに神社仏閣を設置しました。まさしく家康は血を流さず大政奉還まで3百年以上もの繁栄を願ったのでしょう。大変あっぱれな事でした。
その武器として風水を活用したのです。

風水さえ守れば絶対成功するのか?

人が成功するには ①命(持って生まれた宿命)②運 ③風水 ④隠徳 ⑤情報の収集・勉強努力・時代 等が含まれます。
単に風水だけではありません。風水によって更にパワーが上がる事は絶対ですが。少し話は変わりますが、これは私自身の考えですが隠徳という言葉が出てきました。
先に申しました二人の例は風水の作用も大きく作用しますが、見逃してはならない事があると思います。

秀吉は自分の子供が無い為。甥を後継ぎとしましたが、秀吉の側室に子供が出来、彼はその子供を溺愛した為、甥一家を邪魔者扱いし惨殺しました。
大変身勝手な事です。戦国の世にはありがちな事ではありますが、我が子秀頼もまた同じ運命を辿ることとなりました。信長も同じです。

彼もまたずば抜けた才能で天下を統一しましたが、罪もない比叡山の僧侶を焼き討ちにしたり、忠臣である明智光秀に暗殺される程の恨みを買い、最後には自分も同じ悲劇の道を辿りました。
正に下克上の時代です。私が言いますのは、一時的に栄えたにせよ人に恨みを買ったりしてはその成功も長続きはしないものだと歴史を見てつくづく感じ入った次第です。